外転神経麻痺が疑われた内斜視

外転神経という言葉は聞いたことがない方がほとんどだと思います。外転神経とは、目を動かす筋肉の一部に信号を送っている神経で、この神経が麻痺するのが外転神経麻痺で、目の運動に影響を与えます。決して多い疾患ではありませんが、糖尿病や高血圧をお持ちの患者さんや高齢の方で時々遭遇する疾患です。急にものが二重に見えるようになったという症状で受診されることがあります。今回は、長い間物が二重に見える症状があり、外転神経麻痺が疑われた患者さんが当院へご相談にいらしたので紹介させていただきます。

外転神経麻痺とは

外転神経麻痺の概要

外転神経は、眼球を横向き、外側に動かす筋肉(外直筋)に信号を送る神経で、この神経が麻痺すると、外直筋が麻痺してしまい、眼球を外側に動かすことが困難になったり内側に寄った状態になります。

外転神経麻痺の主な原因

外転神経麻痺の原因は様々ですが、主なものとしては以下のものが挙げられます。

*血管障害:脳卒中や脳梗塞などによって、外転神経を支配する血管が詰まったり、破れたりすることで、神経が損傷し、麻痺が起こることがあります。
*糖尿病:糖尿病の合併症として、外転神経麻痺が起こることがあります。糖尿病では、神経の血管が細くなり、血流が悪くなるため、神経が損傷しやすくなります。外傷:頭部外傷や顔面外傷によって、外転神経が損傷することもあります。
*脳腫瘍:脳腫瘍が外転神経を圧迫することで、麻痺が起こることがあります。 *その他の原因::その他、感染症、炎症、代謝異常などによっても、外転神経麻痺が起こることがあります。

外転神経麻痺の症状

外側を見た時の複視

眼球を横に動かす際に、外側に動かすことが困難になります。正常な方の眼は動いても、麻痺のある眼はきちんと動かないため、左右の目が同じ向きを保てなくなり、物が二重に見えたり(複視)、視界が狭くなったりすることがあります。

正面の複視

外転神経麻痺の程度によっては、眼球の正しい位置を保つことが難しくなるため、正面を見ている時に、片眼がが内側に寄った状態になって複視を自覚することがあります。またしっかりと両眼の向きを揃えてみることができなくなり、眼球が揺れたり、振動したりすることがあります。また、眼球の動きがぎこちなくなったり、眼球が疲れやすくなったりすることもあります。

外転神経麻痺の診断

診断に必要な検査

外転神経麻痺の診断には、視力検査、眼位検査、眼球運動検査、頭部の画像検査(CT,MRI)などを行います。血液検査で内科的な病気がないかを調べることもあります。
眼位検査と眼球運動検査では、眼球の動きや外転神経麻痺の程度がわかります。
頭部の画像検査によって、脳や眼の周囲に外転神経麻痺の原因がないか調べます。画像検査やその他の検査でも原因が特定できない事もしばしばあります。

鑑別診断

外転神経麻痺の症状は、他の神経疾患や眼疾患の症状と似ている場合があるため、鑑別診断が重要です。例えば、脳腫瘍や脳卒中、神経疾患、外眼筋の異常など、様々な疾患が考えられます。そのため、詳細な問診や診察、眼科検査、画像検査などを総合的に判断して、正確な診断を行う必要があります。

外転神経麻痺の治療法

原因による治療法

外転神経麻痺の治療は、原因によって異なります。脳梗塞などの血管障害が原因の場合は、血栓溶解療法や抗血栓療法などの治療が行われます。糖尿病が原因の場合は、血糖値のコントロールが重要です。外傷が原因の場合は、損傷した神経の修復を期待した手術が行われることがあります。脳腫瘍が原因の場合は、腫瘍の摘出手術や放射線治療などの治療が行われます。
原因が特定できない、高齢者や糖尿病、高血圧など動脈硬化による血流障害が原因と思われる外転神経麻痺では1〜3ヶ月間程度様子を見ていると、自然に治癒する可能性もあります。このような場合は積極的な治療を急がずに経過を見ることも重要です。

手術治療・ボトックス注射

麻痺の程度によっては外眼筋を対象にした手術を行うことがあります。
また筋肉を麻痺させる作用を持つボトックス注射を行うことがあります。外転神経麻痺では反対側にある内直筋にボトックス注射を行い、筋肉を弛緩させることで、眼を内側に引く力を減弱させて、眼の位置を改善させます。

眼鏡による方法

外転神経麻痺では、複視による日常生活の不自由さを軽減するために眼鏡による補助の方法があります。光を屈折させる作用があるプリズムレンズを使用して、複視を軽減させたり、光を遮蔽する膜などを眼鏡のレンズに貼付して複視の自覚がないようにしたりします。 外転神経麻痺は、日常生活に支障をきたす可能性のある疾患ですが、適切な治療やサポートによって日常生活が送れるようになります。

外転神経麻痺が疑われた症例

これまでの経過

患者さんはこれまでに良性の脳腫瘍で手術を2回受けているそうです。2回目の手術の後、しばらくしてから物が2重に見えることに気づきました。手術を受けた先生にも相談して、MRIで検査をしましたが、特に異常はないとのことでした。
その後、眼科も受診しましたが、眼の動きについては問題ないと言われたそうです。海外に在住していることもあり、なかなかきちんとした検査を受ける機会を逃していたようです。もう一度しっかりと検査を受けようと当院を受診されました。

現在の症状と所見

患者さんは、正面を見ている時に物が二重に見える(複視)を自覚していました。検査では正面で遠方を見ると、右眼が内側に寄っている内斜視の状態でした。近い距離を見ている時にはぎりぎり両眼が揃っている状態でした。 診察で目の前でペンを動かしてみると、右横の方を見るときは複視を感じることは少なく、左横を見ると複視を強く自覚する状態でした。Hess眼球運動検査を行うと、左眼の外向きへの動き(外転)が悪いことがわかりました。原因は確定できませんが、症状は長い間変化がないようでしたので、固定している外転神経麻痺の可能性を説明しました。

プリズムレンズによる治療

幸い患者さんの麻痺の程度は軽度でした。内斜視の程度も軽く、遠くを見る時の物が二重に見える症状を改善することで、日常生活の不自由がほぼ解消される状態でした。検査をすると、プリズムレンズを眼鏡に組み込むことで、遠くを見る時の複視が解消されました。眼鏡の処方箋を患者さんにお渡して作製していただくようにしました。

まとめ

日常の診療で外転神経麻痺などの目の動きが悪くなる疾患に遭遇することは多くありません。しかし糖尿病や高血圧などをお持ちの患者さんや高齢の方で、急に起こった複視では外転神経麻痺のことがあります。外転神経麻痺以外にも、複視を起こす疾患はたくさんあります。眼球の動きが悪くなり、複視を自覚する疾患には早い治療が必要なものもあります。きちんと検査を行い、原因の特定と治療を行うことが大切です。当院では眼球運動や斜視、複視に関する診療、プリズム眼鏡処方、ボトックス注射や手術も行っています。症状でお悩みの方からのご相談をお待ちしております。

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