甲状腺眼症に対するパルス療法の適応と実際

甲状腺眼症に対するパルス療法の適応と実際

甲状腺眼症はバセドウ病などの甲状腺の病気に関連する目の病気です。今回は、パルス療法がどのようにこの眼疾患の治療で適応となるかや実際の方法について、当院に受診された患者さんの例を紹介して解説します。

甲状腺眼症の概要

甲状腺眼症とは?

甲状腺眼症は多くがバセドウ病の患者さんに見られることから、バセドウ眼症と呼ばれることもあります。眼球の周りの組織が腫れ、まぶたが腫れたり、眼球が突出したり、視力低下や複視(物が二重に見える)などの症状が現れたりします。甲状腺眼症は、眼の機能が損なわれるほか、美容上の問題を引き起こす可能性があり、患者さんにとってはとてもつらい症状になるため専門的な治療が必要です。

診断方法

甲状腺眼症の診断は、一般的な眼科検査に加えて、眼球運動検査やMRIによる画像診断によって行われます。血液検査では、甲状腺眼症の原因となる自己免疫を調べるために自己抗体の測定を行います。

パルス療法の基礎知識

パルス療法とは

パルス療法は、高用量のステロイドを短期間に集中して投与する治療法です。ステロイドは、炎症を抑える効果があり、甲状腺眼症の症状を改善するのに有効です。パルス療法では、通常、プレドニゾロンというステロイド薬を点滴で投与します。投与方法はバリエーションがあります。1日1回の点滴を3日間連続で行い、数日期間をおいて同様の点滴を2−3回繰り返す方法は以前から入院で行われています。最近では週に1度点滴を行い、6−12週間継続する方法が増えてきています(Weekly法)。この方法は外来通院で行うことが可能です。

パルス療法の適応範囲

パルス療法は、中等度以上の甲状腺眼症患者さんに適用されることが多いです。また、パルス療法は、甲状腺眼症の症状が進行している場合や、病気の活動が強い場合、これまでの治療法が効果がない場合にも適用されます。眼の症状とバセドウ病の現状を総合的に判断して治療の適応を決めます。

副作用とリスク

血糖値の上昇
血圧の上昇
食欲亢進
体重増加
ムーンフェイス(顔のむくみ)
骨粗鬆症
便秘
感染症リスクの増加
精神的な不安
不眠 
etc

これらの副作用は、すべての人に起こるわけではありません。また、副作用の程度も個人差があります。実際に重篤な副作用を起こすことは少ないですが、適切な管理のもとで治療を行う必要があります。

パルス療法の実際

当院の治療例

60歳代の患者さんで、7−8ヶ月前からバセドウ病の診断を受け、内服薬の治療を受けています。4ヶ月前ごろから、まぶたが腫れてきて、1ヶ月前ごろから物が二重に見える(複視)症状を自覚していました。バセドウ病は内服治療でしっかりコントロールされている状態でした。メルカゾールというお薬を毎日2錠内服していました。

診察

診察室では患者さんの眼の状況を見て、所見をとっていきます。まぶたの動きや眼の表面の状態、眼球の動き、眼球突出など。また一般的な視力検査や眼圧測定なども検査室で行っておきます。
この患者さんは眼球突出は中程度で左眼が右眼に比べてやや突出が強い状態でした。両眼の上まぶたは腫れていて、見開きが強い状態(上眼瞼後退)が見られました。左眼は下方向に動きづらく、途中でそれ以上は動かなくなり、右眼だけ下に下がっていきます。

眼球運動検査

眼球運動は患者さんの目の動きを観察します。またHess眼球運動検査という精密な検査を行います。ごく簡単に説明すると、眼の動く範囲や左右の眼がどのくらいズレてしまっているかがわかる検査です。
この患者さんは左眼が下に動きづらくなっています。そのため正面から下に向くほど、右眼と左眼の上下の位置がズレてしまい、物が二重に見える複視が強くなります。

Hess眼球運動検査

MRI検査

MRIでは眼球周囲にある筋肉や脂肪などの腫れや炎症の程度を画像で詳しく調べます。まぶたを動かすごく薄い筋肉の状態や眼球を動かす筋肉の状態が精密にわかります。脂肪の状態や眼の周囲の血管の状態も注意して見ていきます。CT検査も有用ですが、筋肉などの形、腫れて肥大していることはわかりますが、炎症の程度はわかりません。
近隣の画像診断施設でMRIを撮影しました。画像データを当院ですぐに見てみると、左眼の上直筋の肥大が顕著で炎症も強い状態でした。その他にも、内直筋、下直筋にも炎症と軽度の肥大があります。

MRI 矢印:肥大した上直筋

血液検査

バセドウ病は甲状腺機能が亢進し、甲状腺ホルモンが上昇することで、さまざまな体の症状が現れます。眼の症状も甲状腺ホルモンの上昇は一部原因となります。しかし眼の周りの腫れや炎症は、バセドウ病の原因でもある自己免疫の関与が中心となっています。自己免疫がおこると、血液中には自分の体の組織に対する免疫反応の原因となる自己抗体が出現します。甲状腺眼症に関連するといわれるものは、TRAbとTSAbという検査項目です。これらの数値が高い場合は、自己免疫が強い状態、すなわ病気の原因も強く起こっていると理解できます。
この患者さんもTSAbを測定させていただきました。すると5400%で正常と比べると大幅に上昇していました。
自己免疫はとても強そうだとわかります。

パルス療法の適応

患者さんの症状は複視がでていますので重症の部類に入ります。MRIでは左眼を中心に眼球周囲の筋肉が強い炎症を起こしています。バセドウ病の治療を始めてまだあまり日が経っていません。また血液検査では自己抗体の数値がとても高くなっています。これらを考えると、まだバセドウ病が落ち着き、自己免疫が鎮静化するまでに時間がかかりそうです。なるべく炎症を改善し、これ以上に眼の動きを悪化させないようにするにはパルス療法の適応と考えました。患者さんにも同意をいただき、治療を始める予定になりました。

治療前の検査

ステロイドには副作用のリスクがあります。事前に血液検査を行い、パルス療法を行なっても問題がないかをチェックします。また、これまでの既往歴などから必要な検査を追加します。

投与の実際

投与当日は診察と検査を行います。体調に問題がないことを確認して、脈拍、血圧、体温などバイタルサインをチェックします。通常は200mlの輸液にステロイドを混入して、約1時間をかけて点滴します。点滴中はリクライニングソファでゆっくりしていただきます。終了後は再度、バイタルサインを確認して異常がなければ帰宅していただきます。1週間後に同様の点滴を行います。
通常は6回の点滴治療を行なった後にMRIで炎症の状態を確認します。効果が不十分な場合は、さらに6回の治療を追加します。

パルス療法の費用

当院ではすべて外来通院で治療を行っています。入院費はかかりません。時間や曜日も患者さんと相談して決められますので、ご都合に合わせることが可能です。
〔費用〕
*パルス療法前準備検査
3,000円前後(自己負担額)

*パルス療法中(1回ごと)
診察・検査・点滴・(血液検査)
2,000円〜3,000円前後(自己負担額)

近隣施設でのMRI検査には別途費用がかかります   

パルス療法の効果

治療の効果と限界

パルス療法は甲状腺眼症の炎症を抑えるためにとても有用な治療です。適切なタイミングで行うことで、その後の症状を軽減させることが可能です。一方で、病気の活動がとても強い場合では、思ったような治療効果が得られないこともあります。そのような場合には、追加の治療を行います。ステロイドの注射を行なったり、放射線治療を行うこともあります。

治療後の対応

パルス療法やその他の治療によって炎症が治った後は、障害された眼の機能や美容的な障害を治療します。例えば、眼球運動の障害が残ってしまった場合は複視に対する治療を行なったり、まぶたの腫れや眼球突出に対しては手術治療を行う場合があります。

 

これまで、数えきれないくらいの甲状腺眼症の患者さんの治療に携わってきました。重症の患者さんでも、粘り強く治療を継続すれば、時間はかかっても良くなっていきます。バセドウ病の目の症状でお困りの方のご相談をお待ちしています。

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